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名古屋高等裁判所 昭和61年(ラ)114号 決定

抗告人(債権者)

三菱電機クレジット株式会社

右代表者代表取締役

渡辺禮一

右代理人弁護士

水口敞

齊藤重也

佐脇敦子

中村伸子

相手方(債務者)

横井兼松

主文

原決定を取り消す。

理由

抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状記載のとおりである。

よつて審按するに、一件記録によれば、(1)抗告人の申立にかかる本件不動産強制競売事件は、抗告人が相手方に対して有すると主張する公正証書(名古屋法務局所属公証人林倫正作成昭和五九年第七二一号債務承認弁済契約公正証書)記載の債権残額二三二二万〇三六〇円及びこれに対する昭和五九年四月一日から完済まで年一五パーセントの割合による金員の支払請求権を請求債権として、右公正証書に基づき、原決定添付物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に対し、強制競売の申立をなしたものであること、(2)右につき執行裁判所は昭和六〇年一〇月一七日強制競売開始決定をなし、同月二一日右決定に基づく差押登記がなされたが、本件土地には、右差押の登記前に名古屋法務局新川出張所昭和五九年一〇月二三日受付第九四二七号をもつて株式会社名鉄百貨店(以下「名鉄百貨店」という。)のため極度額一億円の根抵当権設定登記があり、そして右名鉄百貨店からの届出によれば、同社の有する債権額は一億円以上あるところ、評価人の評価によれば本件土地の評価額は三四八八万円であつたので、執行裁判所は、手続費用及び右名鉄百貨店の債権を弁済して剰余を生ずる見込みがないと判断し、民事執行法六三条一項所定の手続を経たうえ右強制競売の手続を取り消した、これが原決定であること、しかし、(3)抗告人は先に昭和五九年四月六日名古屋地方裁判所の仮差押命令を得て本件土地を仮差押(同月九日登記)した経緯があり、その後本件におけると同一の債務名義をもつて同年六月本件土地に対する強制競売の申立をし、右強制競売開始決定に基づく差押登記が同年同月一三日付をもつてなされたのであつたが、相手方から任意整理をして債務を弁済するから一時競売申立を取下げて時間的余裕を与えてほしい旨の申出があつたので、抗告人はこれを承諾し、昭和六〇年五月三一日右競売申立を取下げたこと、(4)しかるに、その後相手方の任意整理がはかばかしく進展しないので、抗告人は再び本件競売申立に及んだものであるところ、この間、前記仮差押登記については、これが仮差押を取り下げるべき特段の事情もなかつたので(むしろ抗告人としては、本件土地と同時に仮差押した他の土地については仮差押を取下げたが、本件土地の仮差押は債権確保のため意図的に残したのである。)そのまま残存していたこと、以上の各事実が認められる。

右各事実によると、他に無剰余のもととなる優先債権の存在の認められない本件においては、剰余を生ずる見込みがあるか否かは、先に抗告人のなした仮差押の執行が、その後本執行が取下げられた後にも、なお効力を有するか否か、そしてそれとの関連で前記名鉄百貨店はその抵当権をもつて抗告人に対抗しうるか、即ち右抵当債権は抗告人の債権に優先することとなるか否か、によつて決せられることになる訳である。

思うに、仮差押執行のあつた後に、債権者が債務名義を取得し右仮差押の目的物につき本執行が開始されたときは、右仮差押執行の効力は当然に本執行に移行すると解されるから、仮差押執行はもはや独立の存在意義を失つて失効するのが本来の原則というべきである。そうすると、本執行が後に取下げ、取消し等により失効しても、仮差押執行の効力が復活することは原則としてないことになろう。しかし、この原則を硬直に運用するときは、例えば、本執行がなされるべきでないのになされたとして取り消されたり、本執行が暫定的に失効したに過ぎないようなときでも、所有者が仮差押もまた失効したとしてその目的物件を処分してしまうと、債権者はもはや本執行をしようとしても出来ないこととなるが、かかる事態は通常の当事者の意思にも反し、具体的妥当性にも欠ける場合があるであろう。

このようにみると、同じく本執行が失効・終了した場合であつても、その終了原因によつては、右本執行への移行により一旦消滅した仮差押執行の効力が復活する(或いは一旦潜在化していた仮差押執行の効力が顕在化する)と解するのが相当であつて、例えば、本執行が元来開始続行すべきものでなかつたとして取り消されたような場合(換言すれば本執行への移行が違法であつた場合と言える。)はもちろん、本件のように、本執行の取下げが、請求権の満足が得られたからでも又請求権の満足が得られないことが見込まれたからでもなく、任意整理するからしばらく本執行を猶予してほしい旨の債務者の希望を容れて暫定的になされたような場合、即ち仮差押を残しておくことが明らかに当事者の意思と認められる如き場合も、例外的に仮差押執行の効力が復活ないし顕在化すると解するのが相当である。かかる解釈は、民事執行法が、本執行における代金納付(即ち請求債権の満足)による差押登記の抹消については、仮差押登記についてもこれを抹消すべき旨を明文で規定しながら(八二条一項三号)、本執行が取り消され又はその申立が取下げられたときの登記の抹消については、単に本執行による差押の登記についてのみ抹消の嘱託をすべき旨定めている(五四条一項)だけで、仮差押の登記については何らこれに触れるところがなく、実務の取扱においても、当事者からの抹消嘱託の申請等がない限り、これをそのまま残存せしめるのが通常であることとも調和するものである。

そうすると、本件については、抗告人の第一次本執行申立の取下により、その仮差押執行の効力が再び生ずることとなる結果、その後になされた名鉄百貨店の根抵当権の設定は抗告人に対抗することができず、従つて右百貨店の抵当債権は抗告人の債権に優先するものではないこととなるところ、前示の抗告人の債権額と本件土地の評価額とを対比すると、本件につき剰余の生ずる見込がないと即断しえないことは明らかである。

よつて、これと結論を異にする原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官小谷卓男 裁判官海老澤美廣 裁判官笹本淳子)

抗告の趣旨

原決定を取り消す

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定は、抗告人の本件強制競売申立(以下、第二次執行という)は無剰余競売の申立であるとして、競売開始決定を取消した。この原決定は、本件不動産に対して抗告人のなした名古屋地方裁判所昭和五九年(ヨ)第五五八号不動産仮差押命令にもとづく仮差押登記は、抗告人がその後に、名古屋地方裁判所昭和五九年(ヌ)第六一号不動産競売開始決定(以下、第一次執行という)を得たが後にこれを取り下げたことにより失効したこと、従つて、抗告人の本件請求債権は右第一次執行申立後、同取下前に設定された二番根抵当権(昭和五九年一〇月二三日受付第九四二七号、極度額一億円)に劣後するとの前提に立つものと解される。しかし、原決定は、仮差押執行と、これにもとづく本執行申立及びその取下との関係について誤つた判断に基づくものであり、以下の理由によつて取消されるべきものである。

二 仮差押執行はなるほど、本執行保全を目的としてなされるものであるから、本執行において仮差押は可能な限り本執行に移行するといわれる。しかし、仮差押執行が本執行に移行したことによつて、同時に将来に向つてその効力が消滅し、その後に本執行が失効した場合もその失効理由いかんを問わず仮差押執行の効力は復活ないし顕在化しないとの結論につながる訳ではない(裁判実務体系・4・保全訴訟法五八四頁、注解民事執行法・6・三五二頁、柳川真佐夫・保全訴訟(補訂版)五三八頁、実務法律体系・8・仮差押仮処分一一〇頁、山内敏彦・吉川還暦記念保全処分の体系上四四二頁、中野貞一郎・民商法雑誌六一巻二号一六三頁)。というのは、仮差押の本執行への移行ということは、仮差押の執行として既になされているところが本執行の方法と共通する場合には、あえて同じ手続を繰り返す必要はないということにすぎないのであり(前掲注解民事執行法ほか)、論理的に本執行がなされたときは仮差押の効力が絶対的に消滅するということまでにはならない。また、実際問題として、一旦申立られた本執行が失効する場合であつても、その理由は色々であり、本執行失効の理由によつては、仮差押執行による保全目的がなお残る場合もあるのである。従つて、仮差押執行が保全を目的としているものであるからといつて、あらゆる場合に仮差押執行は本執行と運命を一体とするという理由は存しない。

三 ところで、本執行の消滅により本執行へ移行した仮差押も消滅したままで、復活するということはないという説は、その理由を次の様にいう。まず三カ月・吉川還暦記念保全処分の体系下五二〇頁は、「仮差押の順位保全の効力という問題が入り込む余地のない日本で、ドイツと同じような形で、仮差押の効力のみを残存せしめる必然性があるかは疑問である。むしろ、そのように同じ債権者が仮差押から本差押へと「移行」せしめたことによつて、平等主義を前提とする仮差押は、その目的を達成し終わつて、その後は独自の意味をもつては存続しえぬとみる方が簡明でいいのではないか」という。しかし、ここでの問題は、平等主義をとるか優先主義をとるかという問題、即ち、仮差押債権者と他の債権者との間の優先権の有無の問題ではないのである。仮差押が本執行に移行して後に、差押債権者が本執行を取下た場合に仮差押の効力がなお残るとすれば、債務者の財産処分の自由は制限されることになる。この様に債務者の財産処分の自由に対する制限を認めることが仮差押債権者と債務者との間において妥当か否かが、ここでの問題であるはずである。その意味で、三カ月前掲が「同じ被保全権利に基づき本執行が始まつたあと、それが何等かの形で取り消され、又は本執行の取下をした後でも、仮差押の効力だけは是が非でも残さねばならぬとみるべき利益状態は希薄であるように思われるし、むしろ仮差押も一蓮托生消滅するとみることの方が、仮差押にあえて執行期間を定め、又、これにいろいろ取消可能性を多く認めている制度の本旨にも合するし、手続簡明化に資するのではないかと考える。」といい、西山俊彦・保全処分概論二七七頁が、「本執行の取下は原則として債権者の執行の意思の放棄と認めるべきであるから、特に保全処分の効力を保持する意思が明らかでない限り、本執行の中に取り入れられた保全処分の効果についてもこれを維持する意思がないものと解するのが相当であり、また、保全処分が一旦なされた以上債権者は本執行後これを維持すると否とに拘らず保全処分の効果を享受しうると解することは、債務者をいたずらに不安定な拘束状態に追い込むものであつて妥当とはいえない」と述べるところはいずれも問題点を正しくとらえたものである。ところで、執行債権者の執行意思の放棄ということをいうならば、本執行効力の理由により、その結果を異にするというべきである。また、債権者が不安定な状況におかれるかは、再度の本執行の必要性と債務者側の事情(執行免脱の客観的虞)との比較衡量の問題であり、一律に形式的に決しうる事柄ではない。それは、むしろ債務者が債務を負つている以上は、債務者の側より仮差押の取消を求めることによつて解消されるべき問題である。従つて、本執行の失効にもかかわらず、仮差押は復活しないとの説には充分な根拠がないというべきである。

四 この問題に関する裁判例としては、大阪高裁昭和四二年八月三日決定(高裁民集二〇巻四号三三七頁)がある。右決定は、仮差押執行後本執行申立をしたところ、本執行が無剰余として取消された事案において先行する仮差押執行の効力が争われたものである。右事案において、抗告裁判所は、「法律上本執行をすることができない場合に誤つて本執行を開始続行したこと又は本執行の債務名義である仮執行宣言が取消されたことに原因して、本執行申立が撤回若しくは取り消されたり、又は本執行の開始及びその後の執行処分が無効となつたり若しくはこれを取消す裁判があつたりして本執行が失効したときは、仮差押執行の本執行への移行のみが失効したものとして、仮差押手続上の裁判、執行及び執行処分は当然に本執行移行前の効力を回復する」が、「本執行を開始し仮差押の執行を本執行に移行させたことが違法であること以外の原因による本執行の終了(例えば、請求の満足、本執行手続の完了、請求の放棄又は執行目的に対する強制執行の断念の意思をもつてする本執行の取下、執行不能、執行目的達成不能等に原因する本執行の終了)は、本執行仮差押の執行共通の終了原因によるものであるから、本執行開始前の仮差押の執行または執行処分で本執行に移行して本執行の一部になつたものは、当然に本執行とその存在の運命を共にすべきものであつて、本執行の失効後に仮差押の執行としての効力を回復する道理はない」という。

五 上記裁判例が、仮差押執行の効力が回復する場合としない場合との区別にあたつて設けた基準の適切さには問題もあろう。しかし、本執行が失効する場合でも、その理由には請求の満足ないし放棄という執行そのものの将来に向つての消滅のほかに、単なる弁済の猶予による一時的な執行の取下にみられるような将来の再執行の余地を残すものもあることは事実である。そして、この後者の場合には、仮差押の保全目的は究極的には達成されていないのであるから、仮差押の効力は消滅していないものとみるべきである(ことに山内前掲及び中野前掲)。また、本執行の失効が常に仮差押執行の消滅をもたらすとすれば、その後の執行債務者の処分行為は有効となる。従つて、これを防ごうとすれば、債権者は本執行の失効後再び仮差押をしておかなければならないが、これは非現実的である(先の仮差押命令は、既に執行期間を経過していることがほとんどであろう。民執法一七四条)。

以上より、本執行の失効により仮差押が復活しないのは、本執行による請求権の満足ないしその不能の場合のみというべきである。更に、一時的執行猶予の場合には、執行債権者の意思としては、現在の執行のみ猶予していることは明らかであつて、この様な執行債権者の意思は債務者に弁済猶予を与えるという合理的理由に出たものであるし、又、それによつて執行債務者が不安定な地位に立つということもありえない。本執行の失効後に、仮差押がなお残ることは債務者にとつて不安定というなら、それは事情変更による仮差押の取消によつて解消されるし、本来その手続によるべきものである。

六 なお、仮差押手続の本執行への移行ということが理念的に正しいとしても、それは本執行可能状態が作り出されたことから当然に生ずるものではない。あくまで本執行の申立手続が必要である。しかも、仮差押裁判所と執行裁判所はまつたく別個独立にそれぞれの申立を審理するのであるし、又、執行手続も別個独立である。ことに不動産執行においては、仮差押登記による執行後、本差押登記がなされても、先行する仮差押登記はそのまま残るのである。又、本執行に至つた段階で、仮差押執行の取下(解放)も本執行の有無にかかわらず自由になされているのが執行実務である。しかも、大阪地裁の実務では、本執行の取下も仮差押執行の取下を意味しないと扱つている旨報告されている(山内前掲)。従つて、本執行の申立によつて仮差押も絶対的に失効してしまうというのは、両者を別個の裁判手続として運用されている執行実務にも調和しないものである(裁判実務体系、柳川・保全訴訟)。

七 ところで、本件の場合、抗告人の仮差押並びに第一次執行後、本件不動産に抵当権の設定がなされたものである。そして、右抵当権設定後、抗告人と債務者の間で、債権の一部弁済と残債務についての一時的な弁済猶予の合意ができ、それに従つて、第一次執行が一時取下られたにすぎないのである。この場合、第一次執行の取下は、あくまで本執行のみについての執行の取下にとどまるという意図の下になされたものであり、それは仮差押登記が残されているという客観的事実に照らして見ても明らかである。また、仮差押執行の効力まで消滅するとすれば、抗告人は、右根抵当権に劣後することになり、将来の執行確保を失うこととなつてしまい不当である。更に、この様な、仮差押かつ第一次執行後に抵当権の設定を受けた抵当権者は保護される理由もない。けだし、本来第一次執行が継続すれば、手続上まつたく無視されることがあきらかであり、これを承知して抵当権を設定したにすぎないからである。

八 以上より、本執行が失効したことにより先行する仮差押も復活ないし顕在化することはなくなるというのは、請求権の満足ないしその不能の場合のみというべきである。本件において、第一次執行が取下られたのは、一時的弁済猶予のためであり、請求権の満足ないしその不能の故ではない。この様な場合にも、なお、一律に本執行の取下は先行する仮差押の失効を意味するというのは理論的にみても、また、関係者間の利益関係によつても不当である。従つて、本競売申立に際して先行する抗告人の仮差押登記は失効しておらず、右仮差押登記後の抵当権設定は、本件競売手続上は、無視されるべきである。よつて、この点の判断を誤つた原決定は取消されるべきである。

添付書類

一 不動産競売開始決定正本  一通

二 不動産登記簿謄本    一一通

三 報告書          一通

四 資格証明書        一通

五 委任状          一通

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